すなめりくんの読書ブログ

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これまでの人生で読んで良かったと思う本を紹介していきたいと思います。

性的なものを排除する学校で、なぜ30年もブルマーは生き延びたのか?『ブルマーの謎』

ブルマーの謎 -<女子の身体>と戦後日本-』 著:山本雄二(関西大学教授)

ブルマーはなぜ広まり、定着したのか

綿密な資料探索と学校体育団体やメーカーへの聞き取り調査を通じて、ブルマー不朽の足取りを追う。ブルマーは導入当初から性的なまなざしにさたされてきた。にもかかわらず、学校現場で存続してきた「謎」を解き明かし、戦後日本の女性観の変容と軋轢を浮き彫りにする。

ブルマーの謎: 〈女子の身体〉と戦後日本

ブルマーの謎: 〈女子の身体〉と戦後日本

 

本書の目的は、

なぜ、どのようにして学校に取り入れられたのかわからない、なのに、存続だけはされ、もやはどうして継続しているのか誰もわからないといった現象を取り上げ、その全体像を詳細に検討することで、学校を舞台とした民主化と戦前的心情の交錯とねじれの諸相と、学校的力学を支えるエネルギーの源泉を明らかにすること(p10)

とあります。

 

 

本書は、主に、

①ブルマーが急速に普及した要因

②ブルマーが急速に消滅した要因

を考察することで、ブルマーに対する社会の眼差し、さらに言えば

③ブルマーと日本的女らしさ

の関係について考察を行っています。

 

 

 

 

ブルマーが急速に普及した要因

筆者は要因として以下の2つの点を挙げています。

ブルマーを受け入れる文化的素地の存在。

・様々な業界団体等の動き

 

ブルマーを受け入れる文化的素地の存在。

ブルマーには大きく2種類あるそうです。

1つは、戦前から1960年代まで主に使われていた「ちょうちん型ブルマー」(画像右側)。

そして、もう1つが、「密着型ブルマー」(画像左側)。

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 (画像はWilkiより引用)

 

密着型ブルマーが体育で使われるようになったのは1960年代ですが、それまでもスカートの中にパンツが見えないようにするために多くの人にとって、かなり一般的なものだったようです。しかし、スカートの中に穿いていたといっても、それは見せるためのものではありません。

いかにして、身体のラインがピタッと見えることに対する抵抗感を和らげたのか?

それが、1964年に行われた東京オリンピックでの女子体操だったと筆者は指摘します。

 

 テレビで、リアルタイムで、動く映像として多くの日本国民が見た初めてのオリンピックで、女子体操は日本社会に衝撃を与えたそうです。新聞の報じ方は衝撃の大きさを物語っていて、朝日新聞の報じ方を本書で紹介されていました。

形式上は、「女子体操規定問題の妙技」を紹介する体だが、全部で7枚10人の女子選手を映し出した写真につけられたコメントには、演技に関する記述はほとんどない。「均整」と題されたチャスラフスカ選手の写真には、「うなじに乱れる金髪、ライトにはえるハダがびっくりするほど白かった」とコメントがつき、「可憐」と題されたスウェーデンの4人の選手が写った大判の写真にコメントでは「まっ白いハダ、ブロンドの髪、空色のユニフォーム、まるでキューピーがはねまわっているみたい」という。丸裸で赤ちゃん体系のキューピーにたとえて、この記事は何が言いたいのか?短いコメントの続きを読むと、実はこの比喩を始め、コメントのすべてが4人のうち特定の1人だけを描写しているのだとわかる。「ツツ―と、リズムを取って曲がるが、その何気ない仕草が可憐で、いっそうの愛くるしさをふりまく。…右端のリンドールさん、2つ組みにあんだ髪に水色のリボン。彼女をしたって、チョウチョウが舞ってでもいるごとき風情」

まるで高校生の片思い日記である。このコメントを書く記者の目はもはや競技を報道するジャーナリストのそれではない。この人は「まっ白いハダ、ブロンドの髪」の可憐な女性がレオタード姿で、胸の形や腰のくびれ、お尻の曲線までもあらわに、移動したり演技をしたりするのを初めて間近に見て、心を激しく揺さぶられたのだろう。

(p127-128)

 演技について全然書いてない新聞記事っていう(笑)。 それだけ衝撃的だったんでしょうね。

 

このオリンピックによって、

見る=見られる対象としての女性の肉体が、いくぶんかの性的な感情を喚起しながら、オリンピックという場で美と健康と結び付くことによって一挙に正当性を獲得した(p128)

 と筆者。要するに、女性の肉体美に対して、日本社会が肯定的に捉える文化的素地ができた。それは学校現場にも影響を与え、新たな女性の身体観を獲得したことで、密着型ブルマーへの抵抗感が薄まったということでしょうか。

 

 

 

・様々な業界団体等の動き

読んでも複雑であんまりわかりませんでした(笑)。

ただ、過度にナショナリズムや競争主義のもとにスポーツを晒すことに警戒感を抱いていた文部科学省(と中学体育連盟)、対して国際大会で結果を出したいと願った日本体育協会や政治家、体操服を売る商社、そして時代背景などが複雑に絡み合って急速に広まったということでしょう。そして、それを受け入れる文化的素地が上記した通り出来上がっていたことも、スムーズに学校現場で受け入れられることに大きな貢献を果たしたと僕は読んで理解しましが、ぶっちゃけあまりわかりませんでした…。

 

 

 

 

ブルマーが急速に消滅した要因

主な要因を筆者は2つ挙げていました。

ブルセラ等の社会問題化

・「セクハラ」という視点の獲得

 

ブルセラ等の社会問題化

筆者は女子の身体観の変容について、ちょうちん型ブルマーが産む性としてあくまで健康さが求められていたのに対して、密着型ブルマーはセックスのシンボルとして公然になりました。もちろん、そこに健康や美という鎧をかぶせて抵抗感を薄めたわけですが。

しかし1990年代までは密着型ブルマーが性的なシンボルであるということは

あくまで潜在的な領域にあった(p150)

 と筆者は言います。しかし、1990年代に入って、ブルセラショップや写真投稿雑誌などのマーケットの拡大にともない、

女子中・高生のブルマー姿が性風俗産業に取り込まれていった。(p150)

 その結果、潜在的な問題が社会の問題と表面に出てきました。しかしながら、まだ

教育界や個々の学校は女子生徒を悪徳性風俗産業から守ったり、そのような業界と関わりをもたないように生徒たちを指導したりといった教育者としての立場を維持することができた。(p150)

 とあり、これは決定的な要因ではないと筆者は指摘します。

 

 ・「セクハラ」という視点の獲得

ちょうど1989年の流行語大賞に「セクハラ」が選ばれ、セクハラという概念が日本で広く浸透しだしていたようです。そのため、女子生徒の身体及び身体のラインを露出させることを強制することはセクハラではないか、という問題がメディアなどでも挙がるようになったことが密着型ブルマー終焉の決定的な要素となったとあります。

 

 

 

ブルマーと日本的女らしさ

 

筆者は30年もブルマーにこだわり続けたことに対して、何らかの心情的な要因があったのではないか?と考察をします。

 

・日本人はブルマーに日本的女らしさを見出していた?

これについて、女性の性の解放、自立を肯定的に捉える【戦後民主主義派】という立場と、従順、貞淑ということを重要視する【婦徳派】

この2つの視点が図らずも共謀する形で、ブルマーを30年も存続させることになったと筆者は指摘します。

 

戦後民主主義派】は、女子の身体を家父長的価値観から解放するという文脈の中でブルマーを肯定的に捉える視点を有した。

【婦徳派】は、性道徳が乱れるなか、

「従順、貞淑といった日本女性のすばらしい婦徳の涵養などは戦前の遺物として顧みられようともしなくなってしまった」と大きな失望をいだいていた婦徳派にとって、密着型ブルマーがもたたす「恥ずかしさ」は必ずしも悪いことではなかった。それどころか、むしろ積極的な効用を見ていたふしさえある。というのは、男性からの視点を受けて恥じらう女の姿は、婦徳の主軸をなす「女らしい挙措動作」の重要な要素であり、密着型ブルマーをはいて恥ずかしさ覚える女子の姿はこの「恥じらう女」に通じるところがあるからだ。…もちろん、ブルマーをはく女子の「恥じらい」は、すべての女子生徒に性的まなざしと不可分の体操着を強制することに由来しているのであって、婦徳からきているのではない。その意味でブルマーに見られる「恥じらう女」の姿は幻影であり、ブルマーに婦徳の一端を見るのは錯覚である。(p187)

そして、僕は、この両者の立場は別の人間が独立して担うものではなく、1人の人間に両方の視点が存在するという筆者の指摘にハッとさせられました。

 

その例として、漫画『タッチ』を挙げます。

南のブルマー姿に(アスリートの姿ではなく)清純さと可憐さを見るとしたら、私たちの視線は女子のブルマー姿に婦徳派的幻影を見ているのだ。(p188)

 つまり、ブルマーをはいた女子が人前で恥らう姿を可憐だと感じるという時点で「婦徳派的な視点を持っているという筆者の指摘です。

 筆者の結論として、

女子の身体を肯定的に見る戦後民主主義的なまなざしと、ブルマーをはいた少女に「こうあってほしい」少女の姿を見る教育界や世の中の婦徳派的なまなざしは、密着型ブルマーが長く当たり前の後継として続いてきたことの結果として、ともにその女子像が当事者である女子の「恥じらい」と結びついていたことを忘れた。そして、外面的な美と健康と清純さと可憐さを肯定的に見るまなざしが意識されることによって、密着型ブルマーの存続は長く支えられてきたのではないか。(p188-189)

 

つまり、【戦後民主主義派】は密着型ブルマーに美と健康、性の自立を見出し、【婦徳派】は清純さ、可憐さを見出しており、どちらもブルマーに正しい少女像の姿を見ているという点では共通していたということでしょう。そして、セクハラという第3の視点の登場によってブルマーは教育界から退場することになったと。

 

 

 

 性的なまなざしにさらされるブルマが美と健康と結びつくことが30年もの間、教育界でブルマが存続した一番の要因だったのだと感じました。これほどまでに、30年前の常識はいまの非常識ということはあるのかという話ですね。

 訳のわからない校則、例えば白ソックスのみ使用可であったり(なぜ黒ソックスはダメなのか、あるいは白ソックスでなければダメな理由は?校則を守らせることが自己目的化しているとしか思えない)、化粧の禁止(生まれたままのありのままの顔面を露出することを強制させる、しかし高校卒業後は途端に化粧することが女の身だしなみであると化粧を今度は強制される)などの常識が30年後には非常識に変わることを1教員として密かに期待しています。

 そのためには社会の認識の変化が必要で、このブログがほんの少しでも多様なものの見方に貢献することができれば幸いです。

僕が2017年4月~6月に読んだ本 9冊 の紹介

数ヶ月ぶりに更新をすることにしました。

僕は毎月10冊の本を読むことを自分に課していました。実際に大学院のときはクリアできていたんですが、4月から教員として働くなかで読書の時間を確保することが中々できませんでした。

そんな状況のなか、3ヵ月間で読んだ9冊の本を紹介したいと思います。

 

 

 

 1.ぼくらの七日間戦争 著:宗田理

中学生の夏休みの読書感想文で読むのに最高の本だと感じました。

sunamerikun.hatenablog.com

 

2.私は『学び合い』にこれで失敗し。これで乗り越えました。

『学び合い』という授業実践について実践者の失敗体験談などが書かれた本です。『学び合い』という授業実践をされている方にオススメ。

私は『学び合い』にこれで失敗し、これで乗り越えました。

私は『学び合い』にこれで失敗し、これで乗り越えました。

 

 

3.キスまでの距離 著:村山由佳

なんか夏になると読みたくなります。僕にとって最高の恋愛小説。

sunamerikun.hatenablog.com

 

 4.里山資本主義 著:藻谷浩介

とっとと早期退職して地方で暮らしたいと思いました(笑)。

sunamerikun.hatenablog.com

 

 5.裸足で逃げる -沖縄の夜の街の少女たち- 著:上間陽子(琉球大学教育学部教授)

淡々と書かれていました。

sunamerikun.hatenablog.com

 

 6.生きて帰ってきた男 -ある日本兵の戦争と戦後- 著:小熊英二慶應大学教授)

著者である小熊英二さんの父親の徴兵~シベリア抑留生活~戦後の生活苦が淡々と書かれた1冊。

 この本の魅力は以下のブログですべてが表現されています。

blogos.com

 

 7.ハンナ・アーレント -「戦争の世紀」を生きた政治哲学者- 著:矢野久美子(フェリス女学院大学教授)

ハンナ・アーレントの一生について丁寧に紹介された本でした。色々な本でハンナ・アーレントの言葉などが引用されててずっと気になってました。

内容としては、政治思想の紹介というよりは、ハンナ・アーレントという1人の人間の紹介という感じの物で、これはこれで面白かったです。

 

 8.夏服パースペクティヴ 著:長澤樹

ミステリー小説。読んだことのない感じの小説で色々と戸惑った。舞台となる学校の教室、部屋の位置関係が全然わからず、読むのに疲れた(笑)。

夏服パースペクティヴ (角川文庫)
 

 

 9.桐島、部活やめるってよ 著:朝井リョウ

個性的で面白かったです。特に心理描写が。でもこれで終わり?感が半端なかったです。

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)

 

 

キャバクラや援助交際で働く人の世界に寄り添う『裸足で逃げる -沖縄の夜の街の少女たち-』

沖縄の女性たちが暴力を受け、そこから逃げて、自分の居場所をつくりあげていくまでの記録

裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち (at叢書)

裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち (at叢書)

 

 それは、「かわいそう」でも、「たくましい」でもない。この本に登場する女性たちは、それぞれの人生のなかの、わずかな、どうしようもない選択肢のなかから、必死に最善を選んでいる。それは私たち他人にとっては、不利な道を自分で選んでいるようにしか見えないかもしれない。上間陽子は診断しない。ただ話を聞く。今度は、私たちが上間陽子の話を聞く番だ。この街の、この国の夜は、こんなに暗い。岸政彦(社会学者)

(表紙帯より引用)

 

この本は、社会学者で、琉球大学教育学部教授の上間陽子さんが、

2012年の夏から沖縄ではじめた調査をきっかけに出会った女性たちのうち、キャバクラで勤務していた、あるいは「援助交際」をしながら生活をしていた、10代から20代の若い女性たち

に直接会って話を聞いて、彼女たちの人生を「生活史」のような形で記録した本です。

 

 

 想像以上に過酷な人生を送ってきた、女性たちの記録を目にすることになります。しかし本書は、それを悲劇の物語にするのでもなく、そこから立ち直っていく過程を描いた希望の物語にするわけでもありません。

 そこにあるのは現実のみで、何か脚色することは決してしていません。

 

 ただただ苦しみ続ける女性たちと同じ目線で、まるで友達のようにして苦しみを「聞く」、そして彼女たちがいずれは、将来は、きっと幸せを自分の手で掴み取ることができると信じる。けれども、苦しくてどうしようもないときは、自分を頼ってほしい。

 著者のこのようなスタンスを僕は感じました。

 

 

 

 

 

 

正直、この本を読んでも、著者が体験した衝撃の1%くらいしか伝わってない気がしてます。それは著者の文才がないからではなく、僕の共感力が乏しいからでもたぶんありません。それが限界なのかなと。

けれども、自分が全く知らない世界の日本人の生き様を1%でも感じることができるということは、奇跡のようなことだと思います。少なくともメディアが発達していない数十年前ならほとんど不可能なことだったのではないでしょうか。

著者が見聞きして受けた衝撃の一端を、感じることができて本当に良かったです。

 

 内容からわかる通り、決して明るい本ではありません。けれども不思議なことに読後感があまり悪くなかったのです。本当に不思議なことですが。

 

 

 著者の上間さんは、あとがきで、

子どもたちがゆっくりと大人になれるように、そして早く大人にならなくてはいけなかった子どもたちが、自分を慈しみ、いたわることのできるような場所をつくりだしていきたい

 と書かれていました。学校・教室もそういう居場所の1つになれるようにしたいなあと思いました。

 

 

 

 

余談ですが、この本が良かったと感じた方には是非、『叫びの都市』も読んで頂きたいです。

sunamerikun.hatenablog.com