すなめりくんの読書ブログ

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これまでの人生で読んで良かったと思う本を紹介していきたいと思います。

【西成を知る】『叫びの都市 -寄せ場、釜ヶ崎、流動的下層労働者-』

  大阪屈指のデートスポット海遊館があった場所で数十年前には、港湾労働者が毎年たくさん死んでいたことを知っていますか?

 この本は、最下層の労働力として高度経済成長を陰で支えた日雇い労働者を描いた1冊です。僕ら関西に住む人間にとって、日雇い労働者が暮らす西成(あいりん地区)は治安が悪い、危険なイメージがあります。しかし、そのほとんどが不正確な事実に基づいた偏見、差別であることを本書は教えてくれました。

 

 西成ってどんなとこなのか? 神戸大学准教授で、社会地理学が専門の原口剛さんが描くありのままの釜ヶ崎を1人でも多くの方に知ってもらえたらと思います。

叫びの都市: 寄せ場、釜ヶ崎、流動的下層労働者

叫びの都市: 寄せ場、釜ヶ崎、流動的下層労働者

 

流動する労働者の群れを、だれも統御することはできなかった。労働者の流動性は、つねに<過剰>であった。…

だが、かれらは挫折の苦悩のなかにあってさえ、みずからが引き受けた<過剰>をかたくなに肯定したのである。

それは、見えざる道を拓き、新たな空間を生み出しつづけるために、決して絶やしてはならぬ種火だったのだ。

(本書の帯より引用)

  ん?なんのことやねん? はい、この本は長いし、少し難しい箇所(主に前半部分)があります。ジュンク堂難波書店に行ったときに、イチオシ本になってて勢いで買ったんですけど、僕もいざ読もうとしたら、帯に書いてある本文抜粋のこの文章をみて、少し読む気が失せました(笑)。

 でも、読んでみると、なんとなくですが、言いたいことが伝わってきたような感じがします。難しい部分がなくはないですが、本の主題となる大部分の内容は僕でも十分に理解できましたので、大丈夫だと思います!

 

 

 

西成は関西人なら「ああ、西成なあ」となると思いますが、知らない人のために簡単に説明します。

 西成地区は、戦後の復興を一番最底辺で支えた、日雇い労働者が暮らす街です。大阪の西成以外にも、東京の山谷、神奈川の寿町、名古屋の笹島など全国にいくつかあるそうです。

 以下のyoutubeの動画を見ていただけると特異性がわかると思います。動画は2008年のものですが、たぶん21世紀で暴動が起こる日本唯一の場所ではないでしょうか?


2008年 西成暴動 釜ヶ崎 あいりん

 

次の動画は1990年の暴動ですが、迫力がヤバすぎです。もちろん、ここは日本です。

1分頃~2分半頃までの激しさは必見です。


西成暴動 1990年

 

 

 

この動画を見て、あなたはどう感じますか?

 

どうしようもない奴らだな

社会のゴミだな

怖いから関わりたくない

 

僕もそう思いました。この本を読むまでは。

暴動は1960年代から20回以上起こっているようです。そして、この暴動に対する、メディアの論調は、「暴力性」を一貫して前面に押し出していたそうです。

  しかし、彼らはなぜ暴動を起こしたのか?彼らが暴動という手段を通じて、訴えたかったことは何なのか?多くの日本人に全く届くことのなかった、その叫びを書いた本が『叫びの都市』なのです。

 

 

僕は、彼らの叫びの声を聞けて本当に良かったと思います。

 

 

彼ら日雇い労働者の過酷さを物語る1例を紹介したいと思います。

沖仲仕(船内で荷物を運ぶ人)が従事する本船での船内労働において、船内倉庫の温度はマイナス25度となっている。船内に積まれた輸入品の肉や魚は冷凍されて石のような硬さとなり、手鉤(小さなカマみたいなやつ)でもはねかえってくる。そのような極寒のなかでも、手袋はゴム引き一枚でなければならない。綿の手袋をその下に入れようものなら、汗で綿が凍ってしまい、脱いだときに手の皮ごとめくれてしまうからだ。ゴム引きの手袋、防寒ジャンパー、防寒長靴だけで、こうした労働に携わる。過酷な労働であるから、1時間作業を行い1時間の休憩を挟むことを繰り返す。真夏であれば、外の気温は35度にまで上る。かたや船内倉庫の温度はマイナス25度、その温度差はなんと60度だ。屈強な労働者であっても、この温度差に吐き、高血圧で倒れる者が跡を絶たなかった。

(ただし()内の説明は僕が書いてます)

 大阪港の港湾労働者だけで毎年数十人が死んでいたのがわかりますね…。

 

彼らの日常の生活を感じられる文章を他のブログで見つけたので引用して紹介します。

住む、というのは寝るだけではない。食うこと呑むこと、またくつろぎ憩うことなども住むないし暮らすことののなかみだ。そして労働者はドヤの一畳あまりのスペースに住んでいるのではなく釜ヶ崎に住んでいる。釜ヶ崎で酒を呑み飯を食い仲間としゃべり喫茶店や三角公園でテレビを眺めなどする。要するに現在一般化した住居様式でならダイニングキッチンや居間の役割を、労働者は釜ヶ崎という範囲の町に果たさせているのだ。果たさせる以外の方法がないのだ。だから釜ヶ崎は一つの町であるが、労働者にとっては仕事場から帰りついた住み処という性格が認識されている。ドヤはそのうちの単なる寝室にすぎない。酔いすぎた者が寝室以外でも眠るのはむしろ自然なので、そう咎めだてする必要はない。

寺島珠雄釜ヶ崎語彙集 1972-1973』 p120 [酔い倒れ] 

 彼らが特殊な人々ではなく、僕たちと同じ人間であるという当たり前の事実を1人でも多くの人に知ってもらいたいですね…。

 

 

以下のブログの文章がすごく魅力的です!

cdya.hatenablog.com