文化・芸術から日本人の未来を考える1冊『下り坂をそろそろと下る』
キーワードは寛容と包摂
夕暮れの寂しさに歯を食いしばりながら、「明日は晴れか」と小さく呟き、今日も、この坂を下りていこう。
文化・芸術という視点から私たち日本人のあり方を考えた1冊です。
瀬戸内の小豆島、豊岡市・城崎温泉、讃岐の四国学院大学、東北の女川・双葉、という地域を通して、日本の地方のこれからを考えます。
ところで、本屋で知らない本を買うとき、どうやって選びますか?
僕は序章(はじめに)を読んで買うかどうかを大体決めています。(序章は長くても10ページほどなので数分で読め、かつ、本の概要を大筋でつかめるのでオススメですよ!
僕がこの本を取った理由は、序章を読んで惹かれたからです。その部分を紹介します。
筆者が経営している劇場では、失業者の方への割引制度を2009年から導入しているそうです。これは欧米などではよくある制度だそうで、「文化へのアクセス権」の保証という考えが一般的だからだそうです。
しかし、日本は、失業者が平日の昼間に芝居なんか観ていると「求職活動を怠っている」と言われる社会だと(なんとなくわかりますよね)。このことに対して、
私たちは、そろそろ価値観を転換しなければならないのではないか。雇用保険受給者や生活保護世帯の方たちが平日の昼間に劇場や映画館に来てくれたら、「失業してるのに劇場に来てくれてありがとう」「生活がたいへんなのに映画を観に来てくれてありがとう」「貧困の中でも孤立せず、社会とつながっていてくれてありがとう」と言える社会を作っていくべきなのではないか。
このことを別の例でもう1つ挙げています。
子育て中のお母さんが、昼間に、子どもを保育所に預けて芝居や映画を観に行っても、後ろ指をさされない社会を作ること。
本書は、平田さんの地域での取り組みが紹介されています(これがすごく面白い)。このことを簡単に紹介させていただきます。
僕は2章の内容に衝撃を受けました。近畿在住なのに、全然知りませんでした!!
本ブログでは、1章と2章のみ紹介させていただきます。
第3章 学びの広場を創る -讃岐・善通寺-
第4章 復興への道 -東北・女川、双葉-
第5章 寂しさと向き合う -東アジア・ソウル、北京-
第1章 小さな島の挑戦 -瀬戸内・小豆島-
少子高齢化社会、人口減少社会のなか、ほとんどの地方自治体は大幅に人口が減り続け、消滅可能性都市なるものまで話題となっています。(僕の住む街もです…)
そんな中で、瀬戸内にある小豆島は、Iターン(出ていった人が戻ってくること)や、外部から移り住んでくる人が沢山いて、減少に歯止めがかかっているそう。
要因は色々あるそうですが、一番大きいのは、「アート」による振興の成功だそうです。
芸術祭を契機に一定期間、小豆島に滞在した若手のアーティスト、クリエイタたちは、ただ単にそこで作品を創るだけではなく、皆それぞれ、なんらかの形で島民と関係を持ち、緩やかに共同体の中に参加していく。
そして、平田さんは、利益共同体、地縁共同体の中間の共同体として、これら共同体の外にいる人たちを
包摂し、人間を社会から孤立させないためには、もう1つの緩やかな、ある程度出入り自由な共同体が必要なのではないか。
と言います。そんな暮らしが小豆島で実現されつつあるんですね。そして、緩やかな繋がりを、多様性が保証されたなかでの共同体を築くことに成功しているのには、小豆島の特殊な歴史性に起因していると筆者は言います。
小豆島には島遍路があり、その途上にある家は、お遍路さんを「お接待」することで功徳を積むという習慣がある。すなわち小豆島には、もともとヨソモノを、同化を強いない形で受け入れる土壌があったのだ。
第2章 コウノトリの郷 -但馬・豊岡-
いま、兵庫県の城崎が世界中の一流アーティスト、クリエイターが集まっている街だって知ってますか?温泉やカニ目当てに行ったことがある人ならわかるはずです。あんな交通の悪い、温泉しかないところに世界中のアーティストが??
なぜ、そのようになったのか。
それは城崎には1000人を収容できる巨大なハコモノがあったそうです。稼働率がたった10%の。それをなんとかできないかと、平田さんに依頼が来たのがきっかけです。平田さんは、この巨大な建物に宿泊施設もセットにして、審査に合格すれば、最大3ヵ月、施設利用料は完全に無料で自由に利用し、稽古ができる環境にしたそうです。
なんと、今では稼働率が90%を超え、カンヌ国際映画祭で主演女優賞を受賞したイレーヌ・ジャコブさんが1か月稽古に使ったりと、世界中の一流クリエイター・アーティストが集まる場所となったそうです。(ぜひ詳細に関しては読んでもらいたいです)
こうして、城崎温泉は、
「温泉と文学の街」に加えて、「世界的なアーティストが普通に歩いている街」
に変貌を遂げたのです。筆者はこの変化のメリットは経済的側面やイメージ効果だけにとどまらず、教育に還元されているところが素晴らしいと言います。
さらに、滞在するアーティストたちには、その資質に応じて、成果発表会やワークショップ、地元の小中学校でのモデル授業など地域還元事業も行ってもらう。城崎の小中学生は、常に世界トップクラスのアーティストとふれあい、またその作品を観る機会に恵まれる。
このことこそが、観光の街・城崎の未来への大きな投資になると筆者は言います。
豊岡市長の中貝さんは、「小さな世界都市」をスローガンに掲げて街づくりを行っているそうです。芸術以外にも、例えば、NOMOベースボールクラブを誘致しているそうです。そのため、イレーヌ・ジャコブさんと野茂英雄さんが温泉街ですれ違うということが日常的に見られる街になったそうです。
このような街づくりの根底にあるものは、
東京水準では考えない。可能な限り世界水準で考える
東京水準で考えるから、若者たちは東京を目指してしまう。しかし、世界水準で考えていれば、東京に出ていく必要はなくなる。あるいは、出て行っても戻ってくることに躊躇がなくなる。
その若者に理由があって本当に必要ならばパリやニューヨークに行くのはかまわないが、ただ闇雲にあこがれだけで東京に行かせることはさせない。その判断が自分で出来るだけの体験を、豊岡にいる内にシャワーを浴びせるようにさせる。
1章の小豆島もそうでしたが、この城崎も共通していることは、単なる住宅支援、就労支援という「金」で釣るという考えではなく、世界にここにしかない魅力的な街を作ることで人を吸い寄せる、というものでした。
確かに、僕の周りでもたくさんの人が大都市に出て行ってしまいましたが、その多くは職の問題より、魅力がない、というような思いが根底にあったように思います。
自分が生まれ、育ったこの街で自分という存在が満たされる。このように感じることができる魅力ある街をつくることが、地方再生におけるカギになるのかなと本書を読んで思いました。
なお、地域の再生に関心がある方は、すごく個性的な地方再生に成功した地域を取り上げた書籍『奇跡の村 地方は「人」で再生する』をおすすめします!
最近は、どの局もこぞって、世界が尊敬する日本的な番組が多くてちょっとウンザリします。日本人のアイデンティティが揺らいでいるという証左に感じます。
挙句の果てには、こんなものを経産省が国家予算で作っているとは…。
僕たちが日本を、地域を愛する(パトリオティズム)とはどういうことか?
すごく考えさせられました。
僕たちの幸福な暮らしのあり方を考える、その視座を得ることができ、素晴らしい読書体験ができて本当に良かったです。
皆さんもぜひ、平田さんの、文化、芸術という側面から日本人について日本の地域社会について一緒に考えてみませんか?
間違いなく本書は面白いですよ!(たぶん)